ONKAI  奈良県十津川村竹筒にある音響彫刻

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ONKAI Chronicle

ONKAI 編年録

ONKAI Chronicle

編年録 <私とONKAI>

9年前、村から東区東部5人の総代に文書が到着し、十津川村大字東中公民館で会議を行うので出席をされたい旨の内容が書かれてありました。

当日その会議は役場総務課長、十津川村村おこし協力隊、大字武蔵踊り保存会、中川眞さん、そして5人の総代の出席であったように思います。

 まず役場総務課よりONKAIについての説明で始まったように記憶をしています。

私たち各総代はONKAIを理解する事がとても困難であり、説明を聞きながらかすかにイメージとして形が浮かび上がらせるのがやっとでした。

何のために、どうして、どこに、なぜそれが村として必要なのか、などの質問が出て、設置の予定場所が伝えられました。

 それは大字神下田戸、国道169号線より瀞峡への分岐点の場所で、平地の少ない十津川村では特に瀞峡をそばに、神下地区にとっては将来的に開発されるときの重要な土地であると地域で思われている場所であったため、反対という意見が多く、もっと別の地域発展に繋がるアイデアを持って来いという厳しい意見が多く、この説明会で5人の総代の賛成は得られませんでした。

 総代の中からその時、別の候補地として出たのは、十津川村森林植物公園(古野)で、役場はこの話を持ち帰り検討することとなりました。

その後、再び会議が開かれ、森林植物公園は作者の意図するイメージに合わないとのことで神下田戸地区への設置を再度希望されましたが、前回と同じく設置について5人の総代の賛成は得られませんでした。

 時間が経過する中で役場から私に、場所の設定に困っているとの相談がありました。

では、竹筒地区を考えてみてはと私は候補地として3ヶ所くらいをあげ、検討を提案しました。

後日連絡があり、ルーカスさんが現地を見てみたいとのことで、案内をした結果、私が挙げた3ヶ所の候補地以外の場所が選定されたのです。

それが現在ONKAIが設置されたところです。

 候補地が決まると、私は総代として竹筒地区の皆に説明をする責任があります。説明集会を開きましたが、やはり不安な要素ばかり出てくるなかで、最初は賛成でもなく反対でもない説明だけに終わったような気がします。

その後23回説明をする集会を開いたと思います。

竹筒地区では反対という声はなく、また特に賛成という声もなかったと記憶しています。
 集会の最終的な結論では、竹筒として協力をし、ONKAIの建設を承認することと決め、合意書を交わしました。
ところが竹筒地区以外からは反対の文章が来たり、会って話を聞きたいとのことで、何人かは私の自宅に来られましたが、納得のいく話にはならず、お互いの不満の残る会話に終わったように思います。

私は総代としてこの地区竹筒がこのままでよいのかといつも思っておりました。

十津川村の中では一番広い空を持ち、雄大に流れる北山川、田んぼあり、畑がある、住むに適したこの地区、何かがあれば、と考えていたのです。

ONKAIの設置が決まった時、コロナウイルス感染が広がり始め、工事の予定が立たなくなり、工事が延期されることになりました。

数年後、やっとコロナウイルス感染が終息に近づき、工事が再開。大きな3台のトレーラーでエストニアからの荷物が到着、公民館横の駐車場いっぱいになりました。

そしてONKAI製作への地鎮祭が令和6515日に行われて工事が始まり、エストニアからの大きな職人さんが9名くらい暑い中、もくもくと仕事をし、仕事が終わると、前の川で体を癒しておられました。

十津川の大前建設社長さんも言葉のハンディを物ともせず、携帯電話を介して対話し頑張っておられました。

ONKAI編年録
ONKAI編年録

 日、一日とONKAIの形が見えるようになり予定通りに完成。

私は、完成したONKAIでは音をどのように楽しむのか、各ドームで手を叩いてみたり、声を出してみたり、静かに風の音をきいたり、小谷の流れる音を聞いたり、体験してみました。そしてONKAIの楽しみ方の工夫を自分なりに考えたりしました。
 2016年から9年をかけて完成したONKAIの完成記念オープンイベントが621~22日、厳しい暑さの中で2日間にわたり開催、先ず玉置神社宮司による神事、十津川こだまの和太鼓に始まり武蔵の大踊り、村長や議長の祝辞へと続き、午後からは音のパフォーマンスが催されました。

報道関係者の方も多く来られて、日本にたった一つのONKAIを取材されていました。

オープンイベントが終わってからは新聞等で知ったという家族や十津川村第一小学校の生徒たちが訪れ、ドームの中で手をたたいたり声を出したりONKAIを楽しんでおりました。

 この地竹筒は熊野三山奥の院とされる玉置神社への参道があり、竹筒の山頂には玉置神社一の鳥居があり、三重県や和歌山県から玉置神社を信仰される方々が、この地を経て玉置神社にお参りをされていたそうです。

 今回縁あってルーカスさんがこの地を見られて、音の彫刻ONKAIを建設されました。

静かな北山川に小石を投げ込んだ時に次から次へと生まれてくる波紋のように、あのドームの中で自然の音の彫刻の広がりを一人でも多く楽しんでいただければと思います。そして、それが竹筒の、十津川村の音、光となって人が集まり発展の一途になってくれることを期待しています。

ONKAI編年録
大字竹筒総代
玉置 倬夫