

インタビュアー:中川眞 大阪公立大学特任教授/音楽学
ONKAIフェスティバルのゲストアーティストとして、雅楽の演奏家・音無史哉さんを迎えます。
今回、音無史哉さんに話を聞いたのは、大阪公立大学の中川眞さん。音楽学者として、アジアの音楽や芸能、そして音と社会との関係を長く見つめてきた中川さんが、音無さんの活動、雅楽という音楽の奥深さ、そして「音」と「場」の可能性について問いかけました。
古くから受け継がれてきた雅楽と、現代の音楽表現。その二つが交わるとき、そこにはどんな風景が立ち上がるのでしょうか。
ONKAIの森で響く音を思い浮かべながら、二人の対話をお届けします。



中川:コンピューター音楽の研究をしていて雅楽に出会われたというのはちょっと不思議なんです。
音無:子供の時のエレクトーンやピアノとかから始まってバンドやったりしていて、シンセでちょっと変な音作るのが好きになって、シンセの先がないかなと思って見つけたのがコンピューター音楽なんです。数式で音を作るっていうのが全く知らない世界だったので、大学で学ぼうと思ったんです。
中川:どちらの大学ですか?
音無:慶應の藤沢キャンパス、SFCというところです。ちょっと変なコースというか面白い先生がたくさんおられて、その中にコンピュータ音楽があったんです。片や、熊野生まれということが影響している気もするのですが、日本の歴史も好きで、古事記に出てくるような場所を色々巡ったりもしてました。音好きと歴史好きがクロスしてきたっていう部分はありますね。
中川:熊野のお生まれなんですね。
音無:そうです、新宮市です。育ったのは八王子ですけど、両親の実家が熊野で、夏とたまに冬も熊野に居るという感じで。夏休みの思い出が一番強いかもしれない。
中川:なるほど、熊野の風土の原体験とコンピューター音楽というテクノロジーの世界が出会ったのですね。では、どういうわけで笙に?
音無:音自体がすごくシンセっぽいというか、電子音楽っぽくって魅力的だってずっと感じてて、コンピューター音楽で取り入れてみたかったんですけれども、それに良い録音を見つけることができなくて。雅楽は基本合奏なので、笙だけっていうのがなかなかないのです。じゃ自分で吹くしかないなと思って始めてみたらすごく面白くて、それに良い音を出すには雅楽をちゃんと追求しないとダメだと分かり。しかも雅楽は非常に奥深い世界なので、ずっと集中してやっているうちに、だんだんこうなってきたんです。後に素晴らしいコンピューター音楽のアーティスト達にも出会ってコラボレーションができるようになったんですが、そういう方々が笙に興味を持つのは自分もコンピュータ音楽をやっていたから非常によく分かるので、そこは雅楽だけやっていた場合とはちょっと違う視点なのかなと思います。
中川:伝統的な雅楽もなさったりするんですか。
音無:はい、やってますよ。共同主宰している「花舞鳥歌風遊月響雅楽団」や、僕の師匠が代表の雅楽団体「豊遊会」や、ほかにもいろんな企画で。雅楽以外とは半々くらいですかね。
中川:では笙という楽器について説明していただけますか。
音無:中国では2400年以上前の現物が見つかっていたりして、非常に古い楽器なんです。隋唐の時代に日本に入ってきて、正倉院に今と同じ形の笙が残っています。中国、東南アジアにもありますが、唐代の形をとどめているのは日本だけだと思います。大きな特徴として、まず和音が出せるということです。17本の竹が束になってそのうち15の竹から音が出るんですけれど、各竹の根本の穴を押さえると音が出て、それを重ねると複数の音が同時に出ます。管楽器で和音が出るのは珍しいんです。あとは吹いても吸っても音が出るので、音が途切れずに鳴らせませす。雅楽では合奏全体を包み込む。ある種ドローンミュージックといったようなこともできるから好きだなっていうか、惹かれたんです。
中川:調律はなかなか難しいんじゃないですか?
音無:青石(孔雀石=マラカイト)を水で擦りおろしてリードに塗っていきます。リードの隙間を埋めていくんです。15本全部をバランスよく良い音にするのは技術と根気がいりますが、理想を目指して自分でやってます。
中川:音無さんの音を聴いていると、はるかアジアの西の方のから聞こえてくるような感じを受けるんです。日本の雅楽っていうよりはもっと西方の音楽のような。
音無:雅楽の中では琵琶と笙が大陸から日本に入ってきたころの形をよく残してると言われています。雅楽の管楽器の中では笙が一番大陸っぽい。逆に篳篥の旋律なんかは日本的です。
中川:音無さんはアンビエントのミュージシャンとの共演も多いのですが、惹かれるミュージシャンはおられますか?
音無:ティム・ヘッカーはファンだったので、一緒にアルバム制作やワールドツアーができて嬉しいです。彼自身はアンビエントじゃなくてエクスペリメンタルだと言いますが。古くはブライアン・イーノからですね。
中川: じゃ、次の質問です。今回のONKAIフェスへの出演に関して、抱負を聞きたいです。こちらからのオファーを引き受けられた理由というかモチベーションはいかがですか?
音無:実は以前にONKAIを作る場所を探していたルーカスさんと熊野でばったり会ったのがきっかけなんです。
中川:ええっ!
音無:友達が熊野の古い建物を宿にするプロジェクトをやってたので、一緒に付き合ってよく遊びに行ってました。正確な場所は覚えてないんですけれども、熊野の山の方を車で走ってると、かつてアートフェスで知り合った遠藤水城さんが歩いてたんです。何やってるんですか、こんなところで、と尋ねたら、ルーカスさんを連れてきていて、こんなことをやるんだという話をされて。雅楽の音階をイメージしたようなことをやるよって言われて、じゃあ出来上がったら絶対なにかやるよって言って別れたんです。しばらく続報がなかったんで、これは止まったかな、どうなったのかなと思ってたんですが、出来たって聞いて。熊野には故郷意識のような強い思い入れもあるし、僕がやるしかないって感じでした。その時の写真もありますよ。
中川:いつ頃ですか?
音無:2016年ころだったと思います。
中川:そうですか、僕は遠藤さんから引導を渡されて、このプロジェクトを引き受けたのが2016年です。2020年には完成予定だったんですが、コロナ騒ぎがあって、2024年にエストニアの技術者を呼んで、ようやく完成したんです。音無さんとルーカスさんは偶然巡り合ったご縁があるのですね。ONKAIの現場で吹かれるということで、音楽面ではどんなアプローチになりそうですか?
音無:雅楽でも、こう演奏するとその場所にどうなじむのかと、結構そういう経験がいっぱいあって。伝統的な雅楽の面白さを引き出しながら、建築空間と響き合うのがいいなって思います。あとは、そもそも笙の持ってる音色と建築との響き合いを即興的に生み出せればなっていうのもあります。
中川:なるほど、伝統雅楽や即興をいろいろ試してみるんですね。音無さんはジャンル的に言えば、雅楽やコンテンポラリーだけじゃなく、映画音楽とか蓮沼フィルとか、その幅広さはちょっと異常な感じもするんですけど(笑)
音無:やっぱり出自がコンピューター音楽やバンドなどですからね。
中川:囚われないってことですね。
音無:ジャンルで言えばはそうですね。それらを繋げられるのが笙のツーっていう音なんだと思うのです。笙の音でどこまで繋がるのか・・
中川:ルーカスさんとのコラボのみならず、聴きにきてくださる聴衆の皆さんにまで繋がってゆくといいですね。楽しみです、ありがとうございました。
〔2026/8/9〕
